不登校 毒母 モラハラ(自己愛)の記録と考察

不登校の娘、自己愛性人格障害の母親と向き合った記録とその考察

行方

過去の事をばかり書いていますが

気分を変えて現在のことも書いてみます。

 

娘は二十代前半でアルバイトをしながら

自分の夢を掲げて それに必要な努力 をしています。

夢はたくさんあるようで、今でも継続中です。

現在は物理的に忙しくなりアルバイトを辞め、転機に差し掛かっているようです。

先日、夢の1ステップが叶えられた様子で

娘から「CMが完パケしたよ」と連絡がありました。

海外のハイブランドのcm制作の話をいただいたそうで、

彼女にとっては初めての事でしたが 勇気を持ってお仕事を受けて良かったと言ってました。

 親としても嬉しい限りです。

 

 

 

いま、お子様が学校に行けず、

お辛い毎日を過ごされている方々もいるかもしれません。

しかし、わざわざ学校まで行き、疎外感を感じながら

思想の画一化をされ集団の中での型にはめた授業を受けるよりは、

こどもが社会で生きていく上で必要な勉強を一通り頭に情報として

親が与えてやればいいだけのことなのです。

勉強することや、生きていくことを学ぶことは

家でも、フリースクールでも、どこでも、いつでもよいのです。

親子の可能性(特に子供の可能性)は

無限だということをお伝えしたいと思います。

 

以前、娘が幼かった時の大変な日々が

時間を重ねるにつれ、

忘却され、消化され、化学反応を起こして

今という現実が形成されたのだなと思うのです。

今の私が過去の私を許しているような、

そんな気分でもあります。

 

人はいつも大小に関わらず、決断の連続です。

出かけるか、出かけないか、食べるか食べないかという日常の事から

進学するか、どこへ進むのか

全て自分で決めていますから

その選択を自分が熟慮して、納得して決めれば決めるほど

悔いなく前へ進めるような気がします。

 

親としての自分は、

娘が1人でもきちんと生きていけるようにする

ためだけと。とてもシンプルなスタンスでおりました。

 

具体的なことも書いておきましょう。

怒鳴ることや、ひっぱたくこともほぼ皆無です。

お尻を数回叩いたことはあると思いますが、お尻に限りでした。

兎に角 諭していくだけであり、

もし、部屋が片付けられないのなら

一緒に片付けようと声を掛け、

(人としてこう あって欲しい)と思えば、

自分の背中を見せる。

例えば、私の場合

家事を全部こなした後、作曲をするとか、趣味を楽しんでいる自分を見せることで 人生の愉しみを分かってもらえるといいなと希望していました。

いまは、この育て方でよかったと後悔はありませんが

当時は暗中模索でしたので、

孤独であり、自由であり、不安でありました。

ただ、「可能性は無限だ」という確信だけはなぜかありましたので

一生懸命やり遂げたら、あとは野となれ山となれの放置状態で

波の上をプカプカしていたような気がします。

 

きっと、これを読まれている子育て中の方々も大変だと思いますが

どうか

その時の一番良い方法を選択され、

あまり気負わず、小さい目標をクリアされていけますよう…

 

どんな未来も自分がクリエイトできることを

お伝えしたいです。